北河原裁判、市長の債権2億5000万円の放棄に賛成

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日野市議会議員の【奥野 りん子】です。

10月29日、日野市臨時議会 議案91号への態度表明

 

北川原公園・違法搬入路裁判の結果、日野市一般会計に2億5000万円を返還するよう命じられた大坪市長の債権を放棄する議案に賛成しました。

議案は、全会一致で可決されました。賛成討論の原稿を掲載します。↓

 

馬場市長、大坪市長と、歴代市長が2代にわたり25年間、コンプライアンスとガバナンスを軽視し続けた結果として、今現在 日野市は、いくつもの訴訟を抱える深刻な状況に陥っています。

このでたらめの基礎が築かれてしまったのは、馬場元市長が、詐欺師の副市長に行政運営を丸投げしてしまった事に端を発している訳ですが、その無責任だった馬場市政を100%受け継ぐと表明した大坪市長自身は、「悪政は受け継ぐべきではない」という立場から、しっかりと反省をして頂きたい。行政のこれ以上の劣化を防ぐために、イニシャチブを発揮して頂きたいと思います。かつ、日野市議会・与党の皆さんは、違法な税金支出に賛成し、議会のチェック機能を怠った事について、しっかりと襟を正して頂きたいと思います。

初めに、この二つの点について苦言を申し上げた上で、市長の債権に関する全部放棄について、賛成の意見を申し述べます。

 

東京高裁は、日野市が 北川原公園内に違法に道路を築造した事により発生した「2億5000万円の税金支出」に対して、一般会計への返還を、大坪市長に命じました。

日野市が その債権の全額を放棄するに当たっては、徹底的な総括が必要と考えます。北川原問題の全体像を、きちんと踏まえた上で総括をするためにも、「ゴミの広域処理」にまで遡って、その経緯について述べたいと思います。

 

2011年の時点において、馬場弘融・元日野市長は、ゴミ焼却炉の建て替えについては、「自区内処理」を明言していました。ところが 翌2012年に、「東京都市長会の会長」に就任した後、ごみの自区内処理ができず窮地に立たされていた国分寺市と小金井市、そして東京都からの要請を受け、独断専行により、「3市で共同処理する事」を了承してしまいました。

突如発表された「この180度の方針転換」は、環境問題に携わる市民グループや、環境悪化を危惧する地元住民を驚かせ、混乱に陥らせました。

3市共同処理、則ち、広域化に移行すれば、これまでの2倍以上のごみ収集車両が通過する事により、地元周辺の環境が、悪化する事が予測されました。

よって、クリーンセンターの地元・新石自治会を中心にして、猛反発が起きました。

しかしその後、市と新石自治会との協議が積み重ねらるれる中で、「通行量の増加による幹線道路の渋滞を解消し、かつ、生活道路への侵入を防ぐために、別ルートを確保して欲しい」という地元要望が受入れられた事をもって、日野市と新石自治会との和解が成立する事となりました。

さらに、2016年の12月議会には、その「別ルート」用の建設費9084万円が、補正予算で計上され、全会派一致で可決されています。

この予算で作られた道路こそが、まさしく、今回、違法と断定された北河原公園内の「ごみ搬入車両」専用の搬入路なのです。

すなわち、公園内への道路整備は、地元と協議する中で出された要望であり、それを市議会が、全会一致で了承した事に基づいてスタートしているという事、そして、「この搬入道路は、北河原公園の整備と併せて、公園内に作る」という説明が成された上で、可決されています。まずは、その点について、きちんと踏まえておかなければなりません。

野党も賛成した理由は、もちろん、その当時はまだ、違法性に気が付いていなかったからですが、渋滞は、広域化以前から起きていたため、「別ルートを設置して欲しい」という要望は、元々あったものであり、その願いに配慮しての賛成でありました。

ところが、共産党市議団のその後の調査によって、公園内に車道を建設する事は、都市公園法上、違法であることが判明します。しかも、既に都市計画決定された公園を、自治体の都合で、別の目的のために勝手に活用をする事も違法であり、築造にあたっては、変更申請が必要である事もわかりました。

その後、議会においては、違法性をめぐる論戦が続きましたが、地元・新石自治会の方は、日野市が、国分寺や小金井両市のごみ焼却を受け入れる事になった事情については理解を示すに至り、受け入れに当たっての条件整備の交渉へと進んでいます。

ここまで長々と、原告団から見えた真実では無く、地元の「新石自治会を基軸においた真実」について述べましたが、何が言いたいのかと言えば、要するに、この問題を捉える際に、とても大事なのは、「真実は一つではない」という事です。原告団側が認める真実と、地元自治会が認める真実とでは、当然、違います。

北川原公園内に作られたこの道路に関しては、様々な意見があります。

たとえば、この道路のために 公園の利用に支障をきたしているというわけでは無いので、「都市計画決定を取り直せば良いのではないか?」とおっしゃる方がおられます。しかしその一方で、この道路さえ封鎖してしまえば、「広域化を解消できる」と思っている方も、おられる事でしょう。

また、この道路を壊して公園に作り直した場合に、「さらなる別ルートを作らなければならない」となれば、「莫大なお金をかけるよりは、このままで良い」と思っておられる方もいます。要するに、この道路の捉え方によっても、その数だけ、様々な真実があるわけです。

そこを踏まえるならば、決して、原告団の声だけが、地元の意見を代弁しているわけではありませんし、「原告団の主張だけが正しい」という訳でもありません。よって、「裁判に勝った以上、その思いに従うべきだ」という事にもならないのです。

そして、「ごみ処理の広域化」に関しては、それを争点にして、既に3度も市長選が戦われており、その都度、「広域化推進」を掲げて戦った側が勝利しています。市長は、その選挙の結果を受けて、搬入路の築造を決断しているわけですから、そこまでの経緯に関しては、何ら瑕疵は無いものと捉えます。

逆に、だからこそ、原告団は原告団で、この道路の違法性の解消に関しては、原告団の思いは思いとしてありながらも、その思いを初めから押し付けるのではなく、「幅広い意見の聞ける場を作って、協議しながら進めましょう」と、申し出られたのだと思います。

よって、その合意に関しては、心から賛同するものであり、その後の協議を見守りたいと思います。

以上、この間の経緯を振り返ってみました。その上で、一点だけ付け加えさせて頂くならば、ある会派は、債権放棄に関して、「あくまでも原告団の気持ちに寄り添って判断すべきものと考えている。」と、特別委員会で意見を述べて賛成しました。

この理由だと、「債権の全部放棄はとんでもない」というのが原告団の気持ちであった場合には、「本議案には反対した」という事になります。

政党であれば、自党としての賛否の基準を持つべきです。これは、同じ野党からのエールとして、受け止めて頂きたいと思います。

 

次に、債権放棄について述べます。

債権を放棄する場合の判断基準として、最高裁は、「1,詐欺や横領のような重篤な悪質性が認められない事」、そして「2,被害を想定していながら故意にやったという事実が認められない事」を挙げています。

では、この「北川原公園搬入路」訴訟に関しては、どうだったでしょうか?

東京高裁は、北河原の状況について、「都市公園内への道路築造は違法」、かつ、「都市計画決定の変更なき道路築造は違法」と断罪し、大坪市長に対して、「違法性の解消」と、違法支出分に関する「一般会計への返還」を、命じました。

1点目の「違法性の解消」に関しては、先ほど述べた通り、今後、市と原告団とが協議会を通じて議論する中で、解消していけば良いと考えます。

2点目の「2億5000万円の返還」に関しては、返済額が余りに高額な場合に、「自治体として債権を放棄することができる」という最高裁判例に基づき、今臨時議会が招集されたわけですが、

その判例に照らし合わせて、北河原の現実を見た場合に、詐欺や横領目的では無かった事は、言うまでもありません。また、重大な被害が出る事を想定しながら、故意にやったというわけでもありません。

以上の状況をもってすれば、全額放棄は「相当」と言えます。

 

しかしその一方で、私以外の全ての議員は、市長に対して、一部放棄を求めています。要するに、「全額放棄までする必要は無いとしても、市民に対するお詫びの気持ちを示す上で、退職金の返上とか、一部放棄くらいはすべきでは無いか」という理由によるものですが、市長に一部返納を求めるのであれば、「共犯関係ににあった」とも言える与党は、自らの責任も問うて、市長と同じく、年俸分くらいは自主返納すべきと考えます。

この91号に続き上程される92号は、市長の報酬の1年分にあたる額について、減額するための条例改正案となっています。

債権の一部放棄では無く、市長の報酬削減とした理由として、「日野市には、市長の免責条例が無いために、返納の基準が無い事により、このような形での提案となった」という説明がありました。

私は、この考え方には、大変な違和感があります。全部放棄が相当である以上、一部放棄をする理由は、「市民への謝罪」という意味しかありません。

市長は、今現在、市政に甚大な被害を与えているのでしょうか? 何も与えてはいません。また、結果的には違法と断罪されたけれども、本人とすれば、公益にとって良かれと思ってやった事であり、決して故意ではありません。

市長は、「大切な税金を違法な物に対して支出する」という間違いを犯しましたが、それに関しても、違法状態にはあっても、誰かに甚大な被害を与え続けているわけではありませんから、時間はかかっても、都市計画決定を取り直す事によって解決する事だって、できるわけです。

しかし市長は、きちんと謝罪をした上で、敢えて都市計画決定の変更をせずに、原告からの申し入れを受け止めると宣言しました。それで十分ではないでしょうか?

この点に関しては、野党側からの情報しか受け取っていない市民は、大坪市長が100%悪いと信じていますから、「大坪市長に2億5000万円を払わせないと気が済まない」という憎しみ混じりのご意見が、私の耳にも届きます。

「市民への謝罪」とは、つまるところ、そのような怒りに対する謝罪では無いのでしょうか?

要するに、市長や他の議員が言うところの「市政を混乱させた事に対する謝罪」とは、「怒りを増幅させてしまった事によって生じたハレーションを鎮めるためのもの」でしかありません。だとしたならば、お金で解決すべきものでは無いと思います。

今回は、違法であったから問題となりましたが、仮に「違法ではなかった」とした場合でも、賛成派と反対派に分かれて紛争となる事は、十分にあり得ます。よって、今回のように、「混乱を与えた」という理由で、お金を払う事で解決した場合には、今後、それが慣例となるわけですから、揉め事が起きる度に、そのどちらか一方を選択しなくてはならない立場にある市長であれば、その慣例が足かせとなって、委縮したり、振り回されたりするのではないかと危惧します。

今回の事例における「瑕疵」は、東京都から「兼用工作物には当たらない物=道路をつくるために、公園の面積を減らす事は、まかりならない」という指摘を受けたにも拘らず、「安全確保の措置さえ万全であれば、暫定使用につき、問題なし」とばかりに、突き進んでしまった点を挙げる事ができます。

このミスが、民間企業内において発生したならば、あるいは、市の職員の犯したミスであれば、当然、降格人事や給与の減額の対象となった事でしょう。

しかし、サラリーマンが、そのミスによって解雇される事はありませんが、市長の場合、次の選挙で落選する事があり得ます。要するに、市長への罰は、選挙における落選をもって与えるべきものだと思います。

退職金や年俸は、市長の激務に対する報酬として支払われています。報酬に見合うような仕事をしているにもかかわらず、頑張ってきた証である報酬を、市民感情を収めるために減額するなんてことは、全く持ってナンセンスだと、私は思います。

次に、広報について述べます。

原告団は、決して、市長に2億5000万円を払わせたくて提訴したわけではありません。

にもかかわらず、私に対して、「市長一人の責任ではないにも拘らず、2億5000万円も払わせるなんて、鬼のような人たちね。」という声や、「市長一人を地獄に突き落として、何が面白いの?」という声をぶつけて来られた方もおられます。

これは、原告側の主張が届いていないからこその声と言えます。

こうした情報の偏りは、ひとえに、公平な周知をすべき義務のある日野市が、説明責任を怠ってきたことにより発生しているものと考えます。

民主主義とは、お互いへの理解とリスペクトの上に成り立ちます。

今回の債権放棄に関しても、市民に対して市側の都合の良いことだけを抜粋して伝えるのではなく、普遍的な立場で全容を知らせる事こそが、大変重要だと考えます。

 

続いて、この2億5000万円についてどう考えるのかについて述べます。

協議会・設置後の検討や議論の結果として、「道路を壊して公園に直し、さらに別ルートを建設する」という事になったならば、さらに、あと2~3億円、かかる事になるかもしれないわけですが、その復元にかかる経費は、「税金の損失」でしょうか?また、「日野市が被った損害」と、捉えるべきでしょうか?

私は、そうは思いません。

日野市は、道路の使用期間「30年」を「暫定」と言い張ったために、裁判で負けたわけですが、もしも、裁判の途中で、暫定使用の定義を、「都市計画決定を変更するまでの3年間」と軌道修正したならば、違法認定について覆ることは無かったにせよ、返還命令が下る事はなかったのではないでしょうか。

別の角度から言うと、これから公園に戻す場合に、新しいルートを開設するのに2年かかるとした場合に、「現在の違法ルートは、その暫定2年間のために、2億5000万円もかかってしまった」事になります。

しかし、「たった2年間の使用のために2億5000万円を費やした」という事をもって、無駄使いと言えるのでしょうか?

これについても私は、無駄使いとは思いません。

なぜならば、この2憶5000万円は、日野市民にとっては無駄な支出かもしれませんが、小金井市や国分寺市の市民からすれば、無駄どころか、生活が懸かった死守すべき予算であることは間違いないからです。

仮に、日野市議会が債権放棄について拒否した場合でも、国分寺や小金井の皆さんが、大坪市長を救ってくれることでしょう。なぜならば、大坪市長は、両市の市民にとっての恩人だからです。

現状を俯瞰的に見れば、「広域化」は決して、絶対悪ではありません。

そしてまた、政治についても同じく、助け合うためにあるのだと、私は思います。

 

とは言え、では、その広域化を受け入れがたい日野市民の皆さんからすれば、「我々に我慢せよと言う事か?」とお感じになるでしょう。もちろん、そのご意見に対しても、きちんと向き合っていかなければなりません。

私は、広域化を解消するためには、今現在、広域化によって、どのような被害を被っているのかを、明確に提示する必要があると考えています。

排ガスで空気が汚れている事を証明する 科学的根拠が無い以上は、公害病が起きる事を予測して、それを理由に反対する事は困難です。

23区では、ゴミ焼却炉の周辺で公害病が発生していますが、住民コミュニティーが疎遠の区内においては、ゴミ分別の区民への周知・徹底が難しく、未だに大半の自治体において分別収集ができていないまま、燃やし続けています。また、産業廃棄物の量が、三多摩と違って桁違いに多い事が、周辺環境の悪化の原因とも言えます。しかし、技術改善が進む中で、建て替わる度に、炉の高性能化も進んでいます。

浅川清流組合でもこの間、水銀事故が発生し、環境の悪化が心配されたわけですが、その原因は、市民のごみの捨て方にあるため、広域化であろうが無かろうが起きています。

「広域化」については、「広域化反対」を掲げる市長に交代するまでの間、「是非についての議論」は脇に置いて、「広域化とどう向き合うのか」という角度からの捉え直しが必要であると考えます。

 

最後に、問題提起させて頂きますが、

大坪市長を選挙で選んだ有権者に関しては、彼を選んだ責任を取らなくて良いのでしょうか?

民主主義とは、そこに関わる全員が、責任を取る主体となって初めて成立します。それとは逆に、トップが全権限を持ち、全責任を取る体制を、「独裁政治」と呼びます。私は、「市長が独断で決めた場合」のみ、「市長だけに責任を取らせれば良い」と考えているわけですが、その逆に、「市長一人に責任を負わせる」という事は、「日野市民は市長に対して、絶大な権限を認め、独断を許したも同然だ」と考えます。それは即ち、私たち日野市民の「権利の放棄」を宣言したに等しい!と、捉えています。

そしてそれは、民主主義にとは真逆の、大変危険なベクトルであると危惧します。

 

「地方自治は、民主主義の揺りかごである」

これは、故・森田きみお市長の言葉です。そして私たち市民は、揺りかごの中で眠る赤ん坊です。揺りかごは、大きく揺れるほど、赤ん坊の脳は成長し、丈夫に育ちます。

元副市長問題に続き、今回の北川原裁判に関しても、激震が走り、全国を驚かせました。しかし、揺れ幅は震度6レベルであり、回復はまだ可能な段階だと捉えています。

日野市においては、議会のチェック機能の低下、行政事務の劣化、市長のイニシャチブの欠如、等々、本当に深刻な状況ですが、これは、市民による行政と議会のチェックによってしか、改革できないものと考えます。

市民の皆さんには、「ぜひ、市民参画によって、健全な状態に戻してまいりましょう。」と、呼びかけたいと思います。

議会は議会として、特別委員会を開いて改革する方向で、動き出しています。

有権者の立場から、市議会を厳しく監視して頂きますよう、心からお願い申し上げます。同時に、私、奥野りん子自身も、議会人として恥ずかしくないよう、日々、努力させて頂きたいと思います。

全市民の皆様に対して、債権放棄に対するご理解を頂きますようお願いを申し上げた上で、奥野りん子からの賛成意見とさせて頂きます。